彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。
バックナンバー一覧 最新 Home
■四月一日 No.1597
執筆。

夜、新国立へ。ポン・タ・ムッソンで一緒だった過士行氏の『カエル』を見るため。過さんと再会。開演前にやあやあと挨拶し、終わると過さん客席で即座に私を捕まえ、どうだったと聞いてくる。うーん、すぐには感想が出ない。

美術をやっていた加藤ちか、出ていた有薗と会う。

26年劇団やってとりあえずものになった人数を数えて、うーんとうなる気分。少ないと思ったり、別段育てようとしていたわけではないなかで、けっこういい数かも知れないとも考え直したり。

それにしても退団者のなかで犯罪者は出てこないな。って出てこなくていいけど。

それにしても、まあ私もそれなりに社会的な存在だとは思うのだが、たまに「60年代アングラの当事者として一言」なんて言われて、当事者じゃねーよとむっとしたり、しかしこれなんかまだいいほうで、「キャラメルボックスでしたっけ」というあの女は何者だよという目にあったり、かと思うと、「川村さんは戦後生まれ、戦前?」なんて聞かれて、何の戦争のことだろうと真剣に悩んじゃったりすることもあったり、ま、みんな悪意はないんだろうから、いいけど、生きていくってつらいっ。

松本竜助、死去の報。

49歳か。だから四十代だから、まだまだ若いじゃないなんて人に言われたくない。こんな無責任な言葉はない。って人はみんな無責任だけれど。

死ねば今が晩年だ。晩年の作品は『フクロウの賭け』、『オトコとおとこ』ということになる。

それにしても今後やること多く、真剣に考えると呆然とするしかないので、真剣に考えない。

■四月某日 No.1598
小金井公園に桜を見に行く。

ひさしぶりに園内の江戸東京たてもの園に入る。二度目である。

民主党の代表選びが始まったが、愛知の党員河村たかしって川村毅のパロディかよってつっこみたくなるが、顔は写真家の宮内勝氏に似ている。妙にぞんざいな話し方がまた似ている。

■四月某日 No.1599
木の芽時のアレルギーのせいで、時に体かゆく、しかもだるくて何にもする気が起きない。

タケポン星からやってきたたけぽんですっ。

でもがんばって原稿書き。

サイクリング行ってサウナ。ちょいと元気になる。

夜、ウッディ・アレンの『セレブリティ』を見る。おもしろい。

■四月某日 No.1600
雨やーね。

原稿書いているうちに眠くて仕方なくなる。

民主党ごたごた。だめだな、こりゃ。

ゲンズブールの『ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ』を見る。

つまらない。なんかジェーン・バーキンの裸もなあ。そんなに見せられてもなあ。多くの女性に勇気は与えるだろうけど。

■四月某日 No.1601
三茶。来年の舞台のオーディション。

その後、遊静館そばの居酒屋に入るが、近くで若者の多人数の宴会の席になりそうなので、そこをやめて、別の焼鳥屋にする。

飲み屋でよく耳にする若い女の雄叫びのような高音には耐えられない。

■四月某日

No.1602

原稿書き。

夜、『ブロークバック・マウンテン』を見る。

アメリカ社会におけるクローゼット・ゲイ、ハリウッド、ブロードウエイにおけるゲイの描かれ方の変遷を思う時、この映画はある種感動的ではあるが、映画としてはまるでおもしろくない。まったくのゼロ。

雑事においていろいろくだらないこと多し。

夜、寿司を食べる。

■四月某日 No.1603
都内で打ち合わせ。
■四月某日 No.1604
西巣鴨のお寺で納骨。

その後、巣鴨地蔵通りを初めて歩く。

とげぬき地蔵にお参りもしてしまう。

■四月某日 No.1605
休日とする。

また油絵を始めてしまう。

■四月某日 No.1606
オーディション。

いろいろ決定される。

夜、サウナへ行き、初めてアカスリを体験する。

■四月某日 No.1607
京都入り。

第一回の授業。

夜、打ち合わせ、多数。

■四月某日 No.1608
授業。

会議。

帰京。

■四月某日

No.1609

いろいろ雑事。

なんやかやと忙しい。

■四月某日 No.1610
原稿が載った『國文學』五月号が送られてくる。この雑誌に執筆したのは初めてではないのだろうか。

依頼されたときはなぜ私になのかよくわからかったのだが。

図書館で資料探し。

■四月某日 No.1611
休日。近所を散策。
■四月某日 No.1612
終日、執筆。
■四月某日 No.1613
夜、『レ・ミゼラブル』を見る。

終演後、有楽町のガード下でにごり酒とかしら、れば、ぼんじり、つくね、豚トロ、姫たまねぎ、漬け大根でおなかいっぱい。

■四月某日 No.1614
京都入り。

授業。

今年の作品タイトルは『怪奇大作戦』とする。

いろいろ指導する。

来年度をいろいろ想定する。はっきり言って今の学科の「演劇嫌い」コンセプトには限界を感じる。

会議。

■四月某日 No.1615
さて、どうなるのだろう、『怪奇大作戦』。

ポーリン・ケイルの『明かりが消えて映画がはじまる』を読み終えるが、なんともすばらしい。ケーリー・グラントは私の好きな映画にやたら出ていて、例えば『断崖』、『汚名』、『北北西に進路を取れ』、『泥棒成金』、『シャレード』といったところなのだが、よく顔を見るわりにはずっと謎の男優であり続けたのだが、ここに収録されたエッセイを読んで、やっといろいろわかった。

このケーリー・グラント論は卓抜な俳優論であると同時に挑発的な男性論でもある。アンソニー・クインとの対比を書いた箇所には喝采を送りたい。多くの俳優及び男性及び女性、つまり人間はいかに「引く」という美学を知らない、知ることをしようとしない野暮天であるかということだ。マッチョとは男性だけに当てはまることではない。女にもマッチョはいるのだ。

ポーリン・ケイルはクリント・イーストウッドの天敵だと聞いていたから、さぞかし嫌な批評家と思っていたのだが、なるほどこのグラント論から逆算するに、この人はイーストウッド嫌いというのが理解できる。イーストウッドという人は純正ごりごりマッチョではないにせよ、屈折したマッチョかも知れないし、監督作品はどれもけっこう欠陥があって、その欠陥が魅力だってところがあるからねえ。『ブラッド・ワーク』は掛け値なしにいいが、『ミスティック・リバー』はまあまあだ。『ミリオンダラー・ベイビー』は言われているほどそんなによくはない。なんか自ら演じてる役がわかりやすいヒーローでない分、ナルシシズムが透けて見えちゃうんだな。それと自分の作った曲を使うのはやめたほうがいい。特に『ミスティック・リバー』の曲は最低だ。

で、本棚を探したらケイルの『スキャンダルの祝祭』があって、大昔読んだのだが、また読み直そうっと。

帰京。

さあて、いろいろ取りかからなければならない事項多し。

やたら忙しがっているふうを自慢げに強調する馬鹿にはなりたくはないが。

■四月某日

No.1616

そういうわけでいろいろ頭にくることも多いのだが、ポーリン・ケイルの『今夜も映画で眠れない』と『映画辛口案内』を手に入れる。

『JFK』を見る。仕事絡みで。

■四月某日 No.1617
西武新宿線の新宿駅のトイレが新築されて、トイレマニアというか頻尿で人生の大半を便器とともに生きる私どもにとってはまことに喜ばしく、心強い。

そういうわけで、新宿御苑で芝桜を堪能し、その後、西落合、と豊玉中などを散策。

少し執筆。

千葉補選、民主党、自民党の候補者、テレビでのMCとの受け答えを見る限り、両者ともあまり賢いとは思えない。

■四月某日 No.1618
休日。

フィリップ・カウフマンの『SF/ボディ・スナッチャー』を見る。

サウナ。

WBCでひさしぶりに野球で興奮したのだが、ペナントレースが始まって野球中継なんざ見ると、江川かなんかのエラソーな解説がちんたらちんたらあって、なんか相変わらずだなあと思って、飲み屋でやたら興奮するおやじの野球談義が私は嫌いで、そんなこんなを思い出して、一気に熱が引く。

おやじの野球談義といえば、映画好きのおやじの映画談義というのも、どうしたものかと思う。なんかやたら映画のことに詳しいおやじって、なんかなあ。おれのことか?

ひけらかして、これ知ってっかってくるおやじが、なんかなあなんだな。

ってところで映画検定って何だあれ。映画検定一級二級とか履歴書に書くのか。そういうやつはだめだと思う。

でも受けてみようかな、映画検定。ひまつぶしに。って暇がないだろうがっ。

となんかひとりつっこみをやってる私は四月の憂鬱にやられているのだろうか。

また油絵20号をあげてしまう。

買うってひとがいれば売るよ。

■四月某日 No.1619
執筆。

前歯がおかしいので若松河田の歯医者に行く。

固まって動かない油絵のチューブのふたを歯で開けようとしてグキッと音がしたのである。

■四月某日 No.1620
それにしてもヨーロッパに行くと必ず発泡水をがぶがぶ飲むのだが、日本にも徐々に増えてきてうれしい。がぶがぶ飲んでいる。

執筆。

神保町で編集会議。

■四月某日 No.1621
京都入り。

授業後、学生の自主公演を見たり、稽古をのぞいたり。

■四月某日 No.1622
授業後、帰京。
■四月某日

No.1623

午前11時から、スズナリで劇団東京乾電池祭りの『授業』を見る。

その後、会計士と今期の決算。

その後、都内を散策。

ああ、長い一日であった。

■四月某日 No.1624
くたびれる。

新宿御苑で愛でた桜は芝桜ではなく、さと桜だった。

最近何を目的として散策しているかというと、家とか土地を探しているのですよ。新宿から近くて夜中タクシーで帰っても三千円ぐらいのところ。マンションじゃなくて一軒家。もちろん中古でよろし。誰かいいとこあたらオエーテくらさい。

これは本気。

そういうわけでくたびれて精神状態も悪し。

ところで俺って江原啓之と誕生日が同じだぞ。ってだからなんだってんだって。あと飯尾君とも同じ。あと東郷平八郎とラシーヌ。あと前に劇団にいた浅沼尚。

夜、サウナ行く。

■四月某日 No.1625
執筆。

©2002-2006,Tfactory Inc. All Rights Reserved.