彷徨とは精神の自由を表す。

だが、そんなものが可能かどうかはわからない。

ただの散歩であってもかまわない。

目的のない散歩。

癇癪館は遊静舘に改名する。

癇癪は無駄である。

やめた。静かに遊ぶ。

そういった男である。

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■九月某日 No.1401
見沢知廉氏死去の報。

情報が少ないので、知り合いの編集者に電話し、密葬されて偲ぶ会の予定があることをやっと知る。

■九月某日 No.1402
ブレッソンの『田舎司祭の日記』を見る。

衆院選。どうせ自民党が多数を取るだろうと思い、別に支持しているわけではないのだが民主に投票する。

夜、自民党の圧勝に愕然とする。小泉のやり方で自民党が本当に変わるのなら支持するが。しかしここまで勝たせることはないだろう。投票率上がれば野党が政権を取れるというのが幻想であることも実証された。国民は馬鹿だとはいわないが、どうせ今回は自民党だろうからと、もっとみんな予想して野党に票を散らして按配できなかったものか、勝ちすぎだ。どうもすっきりせんぞ。

選挙ニュース、筑紫・久米 vs 古館は古舘の勝ちとみる。久米は固かった。

古舘は田中康夫に最新の文芸春秋も読んでないのかと嫌味をいわれたさい、

「だからこれから読むっていってるでしょっが!」

と真顔で怒ったのがよかった。

■九月某日 No.1403
原稿上げて、『宇宙戦争』を見るが、こういう映画なのか。テロ、津波、地震、台風のこの時代に妙に生々しくて、つらくて見ていられなかったよ。

夜、成瀬巳喜男の『銀座化粧』を見る。おもしろくて見入ってしまい、目が覚めてしまう。

*

そういうわけで『たけぽん・イン・ポンタ・ムッソン』を始めます。

■八月二十日 No.1404
早朝パリ着。列車の時間まで余裕なので北駅を乗り継いで東駅まで電車でたどり着く。それでもまだ時間があり、東駅の周辺をぶらぶら歩く。

11時頃、ポンタ・ムッソン着。

ファブリスが迎えに来て、ホテルにチェック・インし、すぐに修道院に行っていきなり昼食のアペリティフ、パスティス。大男の幹部ジャンといろいろ話す。彼は昨年より英語が上達している。

昼食。みんなとやあやあ。まだフェスティバル開催前なので食事は大聖堂でなく、関係者用の一室。

ワインで酔い、ホテルで休む。

すぐに夕食がやってくる。アペリティフ用のバーでミッシェルからタケシ!と呼び止められまた食事前パスティス。

夕食。配られたスケジュール用紙には明日『AOI』の稽古とある。

この時点で初めてフランス語訳された台本を渡される。

通訳の方が着くのが明後日なのでそれからということになっていたのだが、ミッシェル、「とにかく耳で聞くだけでも」

■八月二十一日

No.1405

8時起床。周辺の川のほとりを散策。水面には白鳥の群れが浮いている。

会場内のホテルに移る。町の真ん中に出てカフェでコーヒー。

やはり時差ぼけで昼食、食欲湧かず、眠くて仕方がないので寝る。

17時、最初の稽古。俳優たちと初めて会う。キャスティングはミッシェルたちである。六条にナタリー、光にオリビエ、透にギョーム、葵にマリオン、ト書き読み役にチャーリー。オリビエはそれまで出る予定だった俳優が身内の不幸で急にこのフェスティバル自体の参加が不可能になり、三日前に呼ばれてやってきたという。

英語でやりあう。読み合わせ。質疑応答。

19時まで。

バーでパスティス。ミッシェルに「グッド・キャスティングだ」と告げる。

なんかほんとみんな合っている。

マリオンは二カ月前に演劇学校を卒業したばかりという初々しさで、葵に合っている。

六条のナタリーは中堅で、平田氏の『東京ノート』に出演していて日本の理解に関しては自信があるという。

夕食。

明日、ラジオ出演を依頼されていて、そのディレクターが稽古を見学していて、いろいろ打ち合わせをする。彼の情報は第三エロチカで止まっているので、現在について話す。

オールドパーやって寝る。旅のお供はいつもパー爺さん。

■八月二十二日 No.1406
9時起床。

日本に置いてきた時間についての妙な夢を大量に見る。

朝食。食堂には皿に乗せられたクロワッサン、カラフェのオレンジジュースがずらりと並び、カフェ・オレは自分で作って持ってくる。

中国からきた劇作家・過士行氏と会う。北京に在住とのこと。数年前新国立劇場で上演された『棋人』の作家である。新国立にはこの人から呼ばれたとナプキンに「井上廂」と書く。

私、一瞬考え込み、すぐに井上ひさし氏と判明する。

午前中、この過氏のリーディングの稽古を見学する。

『パブリック・トイレット』という作品で演出はフランス人。中国の近代化と同時に様相を変えていく北京の公衆便所を題材にしたものだという。

登場人物が多いので参加している俳優17名が総出である。

この17名がこの間で上演されるすべての作品に出演する。ひとり4、5作掛け持ちで一日中3、4作の稽古に付き合う日もある。

通訳役をしていただく浅井さん来る。彼女はパリ十年在住の女優さんである。フレデリック・フィスバック演出の『ソウル市民』に今年出演される。

浅井さんは今回初めて来たというが、ほとんどが知り合いの俳優たちで驚いたという。つまりほとんどが一流であり、演出家もそうだという。

ギャラは俳優、演出家、劇作家、一律一作品305ユーロで4作やればその四倍なわけで、これはパリの俳優のギャラ相場からするとけっこういいのだという。

因みに東京と比べるとパリのギャラはそう高くはないようだ。

そのかわりといったらなんだが、アーティスト資格というものに登録された役者には失業保険があるという。しかしその分ふだんのギャラから大量の税金を取られているわけだ。

アーティスト資格というのは現場に携わる者に適用されるのだが、劇作家は対象外でそのせいもあってフランスにおける劇作家の地位は低く、やはり今でも演出家天下だという。

なんか日本の劇作家のほうが地位はいいかも。でも日本じゃほとんどの作家が演出を兼ねているという事情があるからね。

東京のタレント俳優のギャラ、高すぎるんじゃねえのか。

17時、ミッシェル運転の車でナンシーの放送局へ。

フランス全国放送のカルチャー番組だという。

18時20分、生放送スタート。昨日の彼がMCをやっているのだが、放送前便所に入り浸ってたりと露骨に緊張している。うんこをしていたのだろう。

まずミッシェルが今回の「ムッソン・デテ」について話す。十周年で今回は初めて日本、中国から劇作家が参加しているということなどなど。

さて、私が聞かれる番にやってきた、いきなりMC、「第三エロチカの名前の由来は?」

わたくし、「はあ?」とずっこける。

昨日までの高尚な打ち合わせはなんだったんだよお!

まあ、そんなことにもう興味ねえんだよとも言えず、すぐさま態勢立て直していろいろしゃべったけれど。

私の次はもうひとりの出演者、今回のリーディングで初めて自作が発表されるというブルターニュ在住の若い劇作家アレキサンダー・コルチャコフ。

およそ40分の番組無事終了。MC、緊張から解放されてはしゃいでパリに帰っていく。

ミッシェルはこのナンシー出身で会場のポンタ・ムッソンの修道院は幼き頃よく来た思い出の場所ということだと知る。

ナンシーといえばかつて寺山・天井桟敷が『人力飛行機ソロモン』を街頭でやったのをビデオで見ているが、その国際演劇祭はとうに無く、ミッシェルは新たに国際演劇祭をやろうとしているということだ。

帰るとラジオをみんなウイスキー片手に聞いていたということで、深い内容でたいそう良かったと好評だ。

夕食でマリオン、フィスバックの『屏風』で来日もして「基本的にだいじょぶです」という日本語のフレーズばかりを操るジャン・シャルル、若い男優でなぜか初対面から気の合うティボルトとフランス映画、フィルム・ノワールと日本映画、溝口、小津などについて語る。

宮崎アニメはパリでも大人気だという。そして黒沢の名前を出すので明かと思うと、清のほうだったりする。『AOI』の生霊は『回路』の霊と似ているとかいう。

日本文化への興味はこちらが考えている以上に強い。オリビエは小川洋子が好きで翻訳されているものはみんな読んでいるといっていた。

夕食後、21時。稽古。翻訳のことで侃々諤々。0時終了。でもベッドは歩いて数分のところだから苦にならず。

バーでビール飲んでわいわい。

■八月二十三日 No.1407
9時起床。

朝食後。電車でナンシーに行き、スタニスラフ広場へ。

ずっと涼しい気候で今日は雨だ。

レストランの並ぶ小路でイタリアンを食べる。メッスに行こうとするが激しい雨が降り出したので諦める。

電車は一時間に一本ほどしかないので効率よく移動できない。

ポンタ・ムッソンに戻りカフェでビール。

帰途また雨に降られて近くの教会に入る。

会場のバーではシャンパンの用意がされていて、今日はミッシェルの誕生日だという。ミッシェルが現れるとおたんじょうび会が始まる。

夕食後、バーの隣の部屋でナタリー、チャーリー、浅井さんと翻訳の直しの作業。

厄介な作業だが、おもしろい。

フランス語の奥の深さが体感できる。まさに知的ダイナミズム。

フランスでは俳優という職業が言葉のプロの使い手としてインテリとみなされているということがよくわかる。

半過去と複合過去の違いが直にわかったよ。刺激的だ。

なるほどねえ、哲学・観念はやはりフランス語、ドイツ語そして日本語だ。英語はとことんプログマティックな言語だと実感する。

0時近く、ビールを片手にしたミッシェル現れ、私たちの姿に一瞬きょとん。

「仕事よ」とナタリー。

1時頃終えると、同様に稽古を終えたばかりの俳優達がゾンビのごとくもうろうとした顔つきで深夜の廊下を歩いている。

寒い。「まるで冬だ」とチャーリー、首にスカーフを巻き、今晩の特設バー、体育館に向かう。

寒いので私はパスして部屋に行くがシャワーがゆるくて震える。

この時点で五回あるという稽古が都合四回であることを知らされる。その一回が通訳抜きのものだったから実質三回なわけだ。

頭冴えわたり、と思ったが横になるとすぐに眠りに落ちる。

■八月二十四日 No.1408
9時起床。雨のち晴れ。

11時、翻訳打ち合わせ。

教会の庭を散策。川には白鳥の群れ。

昼食後、コインランドリーで洗濯。

16時、オリビエと台詞、翻訳のことで打ち合わせ。

今日いよいよ開催。

新たに設えられたバー・エクリチュールで地元の議員などが集まり、開会宣言。

地ビール、つまり修道院ビール、シャンパンなどをたらふく飲み、いよいよ大聖堂での夕食に移って21時『パブリック・トイレット』に向かうが、すぐに尿意を覚え、演出はラジオ劇仕立てになっていて観客はヘッドホンで聞くのだが、題材が題材だけにやたらトイレの水の流れる音などがリアルであり、それにさらに刺激を受けた膀胱が破裂しそうになる。

しかし出口が俳優達が演じているスペースのすぐ近くにあり、みんな出ている、ミッシェルも出ているので、悪いから出ることも出来ず、終わると一刻も早くトイレに行きたいので通路に飛び出して拍手したので相当喜んでいると思われただろう。

ジョロジョロジョロジョロ。

体育館がコンサート会場になっており、ジャズ・タンゴの生演奏で興奮し、シャンパンを飲んで踊りまくる。

ばったりとベッドに倒れる。

■八月二十五日 No.1409
9時起床。雨。寒い。二日酔い。

11時、大聖堂でポートレイト撮影。

14時、アレキサンダーのリーディング。

15時半、オリビエ、ナタリー、マリオン、ギョームと読み合わせ。

その後、ナタリー、六条役が難しいとひとりパニック。

今日は当フェスティバルに初めて文化大臣がパリから来るというので、ミッシェルたちはばたばた緊張している。

夕食時、その文化大臣と会う。

21時、稽古。

わあわあとやる。

オリビエが読み出したところ、傍らで聞いていたギョーム、いきなり「棒読みだ」。

オリビエ、呆然。

「もっと細かく説明してくれ」という要請に、私も半ばキレ、

「こんな稽古時間が少ないスケジュールでやってる暇あっか。とにかくまずやりたいようにやってくれ」

というと、「ぼくはいってくれないとできない」とオリビエ。

ギョームも、

「フランスの俳優はいってもらったほうがいい。ドイツの俳優はまた違うだろうけど」

というのは意外だった。みんなけっこう勝手にやるものと思っていた。

「わかった」と私。「時間がないができる限り説明していこう」

俳優達はこの作品だけに関わっているわけではないので本当に時間が取れないのだ。

しかしリーディングとはこうしたもので、完璧を求めてはならず、俳優、戯曲、演出家が出会ったときのフィーリングと瞬発力が勝負なのだ。

この瞬発力が不得手な俳優はリーディング向きではなく、もしかしていかにも生真面目そうなオリビエは向いてないのかも知れない。

「フランス人の俳優はうるさいでしょ」とギョームが言う反面、マリオンちゃんは「こんなに俳優がいろいろ話し合う稽古は初めて」と目を白黒。

1時近く稽古終了。

コンサート会場では今夜はロック。生ビール買って部屋に戻る。昨夜に比べて俳優達の顔はあまり見られない。昨日はわたし同様みんなけっこう飲んで、今日二日酔い率がけっこう高かったらしい。

それにしても三日前に急遽呼ばれて若手の俳優からいきなり「棒読み」と言われたオリビエの心中を思うと、気の毒な反面、おかしくもある。

■八月二十六日 No.1410
9時起床。晴れなのでメッス行きを決める。

ムッソンの駅で駅長に助けられて自動販売機で切符を買う。この販売機はコインかクレジットカードなのだが、カードではどうも作動せず、大量のコインに両替をしてもらったわけだ。電車で20分ほど。ベルナール=マリ・コルテスの故郷だ。

コルテスはメッスで生まれ育ち、ストラスブールの国立演劇学校で学んだという。ちなみにミッシェルもこの学校の卒業生だ。

メッスのカテドラル。コクトーがステンドガラスをデザインしたという教会。

街中で中華の昼食。カフェでビール。

ムッソンに戻ってフェスが毎日発行しているパンフのインタビュー取材。

ふだんはストラスブールでフリーライターをしているという彼女は『AOI』に広島・長崎を読み取ったというので、なぜかと聞くと、戯曲中使われる「爆撃」という言葉がそれを思い起こさせるし、硫酸で溶ける体、抜ける髪の毛などのイメージがそう思わせるという。

被爆六十周年、フランス人はこのことに実に敏感に反応しているらしい。

17時、オリビエに光役と戯曲の構造について大講義する。オリビエ、深く納得し、「美しい戯曲だ。大好きだ」というのに私も深く安心する。あとは自力でがんばってくれ、オリビエ君。

夕食。テーブルにナタリー、ジャン、マリオンと戯曲夏季講座の学生達。

わがチームが翻訳に苦労しているのはみんな知っているようで、

「フランス語ってのはほんと厄介な言語で英語、スペイン語から訳すときもえらく苦労する」

とジャン。

夕食後、夜の庭でワイングラスを片手にフランスの哲学者について語る。

「優秀な人はみんな死んでしまった。いい波と悪い波があって、今はよくない。今活躍している連中はフランスの恥ばかり」

と名前も知らない彼は語る。

夜、テレビでサルマン・ラシュディのインタビュー番組をみつけ、見て寝る。

さて明日はいよいよリーディング本番当日だ。

というわけで、今回は前半で終わり。どうなるリーディング、パニック・ナタリー、生真面目オリビエの行方は? たけぽんにどんな運命と試練が待ち構えているのか?!

後半は次週、乞うご期待!

 

■九月某日 No.1411
2007年に早大の文学部が再編され、新学部が設立されるということで、早稲田ギャラリーで第二文学部表現・芸術系専修主催の『演劇ワークショップ回顧展』が開催されるという。

それにビデオレターを展示するというので、撮影のために早稲田に向かう。

会場では古井戸先生がせっせと展示の準備をしている。六年前の私は長髪でサングラス姿は鐘下みたいだな。

撮影はアイパッチと葉巻を小道具に60年前のことを語るじじいという設定でやる。

カメラが笑ってぶれているのだがだいじょぶか。

撮影後、ひさしぶりに小沼の純ちゃんと楽しく飲む。

■九月某日 No.1412
ルノワール『恋多き女』。

オルドリッチ『特攻大作戦』。

成瀬『舞姫』。

北野武の新作タイトルは『TAKESHIS'』か。うーん、なんかなあ。監督が自分の名前をタイトルに使うってのはなあ。黒沢が『明の夢』とかつけるわけないんだからさ。

結局また『フクロウ』の直しにかかってしまう。

■九月某日 No.1413
外で打ち合わせ。

夜、『スター・ウォーズ エピソード3』を見る。

ダース・ベイダーがダース・ベイダーになった経緯。深いんだか浅いんだか。

■九月某日 No.1414
早稲田、演劇ワークショップの同窓会。

一期から六期までの卒業生。私が担当したのは一期から三期。

和栗さんはインドネシアの仕事で万之丞さんはすでにいない。

まあみんな当時からすると大人になったよ。まあこの手の同窓会はさらに年月経ったほうがおもしろい。

古井戸先生、私の『ホテル・グランド・アジア』での演技が痛く気に入っているようで、

「こういう人は今いない。昔は映画で中尾彬とかいたんだが。すぐに映画の脇役で出てください」

って、私、「脇か」とつぶやき、あとは何も言えない。

■九月某日 No.1415
暑気がぶりかえすなか戯曲上げる。

夜、数人の演劇人たちと打ち合わせ兼飲み会。

そんなに量を多く飲んだわけではないのだが、帰る段になってまだ11時だというのに異様に酔っていることに気がつく。

ほとんどそのまま寝てしまいたいほどだ。暑さの疲れがどっと出たのだろうか。ほとんど気を失う。

■九月某日 No.1416
国際交流基金にいく。ポンタ・ムッソンの報告。二日酔いひどくほとんど這ってたどり着く。

*

そういうわけで『たけぽん・イン・ポンタ・ムッソン』後半!

■八月二十七日 No.1417
8時起床。快晴。いよいよ本番当日。

10時ゲネプロなので少し前に行くと、すでにオリビエ、ナタリー、ギョームが打ち合わせをしている。

オリビエは昨日私が話したことを伝えている。マリオンが来るとまた始めから伝える。

45分にゲネプロ開始。初めて通す。私は最後の確認をする。

ナタリーは一昨日とうってかわって、「わたしはすべて理解できている」と自信の表情だ。

はい、これで演出の仕事は終了。リーディングとはこうしたものだ。

あとは俳優がその場の空気を感じて戯曲の世界を伝えつつジャム・セッションをしていくのだ。

俳優の深い人物造形はいらない、それがリーディングで朗読と違うところだ。

このことがわからない、できない俳優、演出家は永遠とリーディング不向きということだ。

俳優達に激を飛ばして12時半終了。

昼食。

ナタリーは『AOI』の前に一本本番を控えており、にもかかわらずワインをばかばか飲んで、

「わたしはポンタ・ムッソンのアニー・ジェラルド」

とうそぶき、一種ハイの状態にある。

因みにアニー・ジェラルドは現在アル中で現場に多大の迷惑をかける存在だという。

ナタリーのいうのはもちろん冗談で美人というわけではないが、きわめて個性の強いこの女優が私は好きだ。

同じテーブルにいたギョームがほんとは自分が光をやりたかったと言い、一昨日オリビエがギョームに、

「君が光をやればいい」と真剣に言われたという。

「なんだ、ぼくも賛成だったのに」

と私は言ったのだが、オリビエとは今回が初対面なので簡単に「そうか」とは言えなかった、以前からの知り合いだったらそうしたかも知れなかったのだがと語る。

このように短い期間にもいろいろ人間模様があったりするから、現場ってやつはやめられなくなる。

昼食後、昼寝をして、町をぶらつき、墓場をうろつく。

カフェでビールを飲む。

18時近くに会場のセリエにいく。音響オペのオリビエが微笑む。この若者はほんとにいいひとだ。

翻訳のコリーヌさんと会う。

開場すると多数の人が入ってきてあっという間に満席になり、通路も人で埋まり、私、一気に緊張する。

ミッシェルに紹介されて観客に挨拶し、開演。

CDデッキの調子が悪いようですぐに音楽が出ない。何とか出て始まる。

光役のオリビエ36歳、台本を読んでは顔を上げ、また読んでは上げを繰り返し、まるでニュース・キャスターのようにまじめで平坦で、ページをめくるときにいちいち指に唾をつける仕草がオヤジくさく、舞台に駆け上がってケツを蹴飛ばしたい衝動に駆られたが、一方ナタリーは堂々たる六条。マリオンも可愛い葵、ギョームもいい。チャーリーもベテランの味。

でもなんとかオリビエ、最後までこなし無事終了。ってCDの出最後まで調子悪かったし、これ無事といえるのかどうかわかんないけど。

とにかく拍手。私舞台に上げられて俳優達とお辞儀。

俳優達と握手。

セリエの外に出るとまだ陽光明るい芝生に観客達がいて、「よかった」とかあそこの場面は黒沢明映画からの抜粋かと聞かれて違うと答えたりとか。

フィスバックと新作を作ったばかりという劇作家ロラン・フィッチェ氏と長々と話す。生霊という存在について。

バー・エクリチュールで新聞記者の取材。

アニメ、映画、小説と日本文化は多数紹介されているのに演劇の紹介は古典で止まっているのはなぜかという質問に演劇上演にお金がかかることと日本人の公演は言葉の問題があり、こういうリーディングはお金がかからないし紹介のためにどんどんやりたいと答える。

20時夕食。

ナタリー、観客の前でやって初めてわかったところが多かった。のって半トランス状態だったという。

チャーリーは私の演出の仕方で、俳優が理解していない前からああせいこうせいと言わないでくれたのがよかった。ってうれしいけど、翻訳問題で最初はその余裕もなかったのよね。

チャーリー、「今夜もダンスですか」と聞く。

どうやら初日酔った私はコンサート会場のフロアで大ノリに踊っていたらしく、日本の劇作家が踊っていたとけっこうな噂ということだ。

まったくほんっと自身のおっちょこちょいぶりにひやひやさせられる。

チャーリー、17歳のときの南米への旅について語る。

その後、バーで飲んでいると明日の私への質問会のためにレポートを書くという学生が質問してくる。

学生といっても大人であり妊婦さんだ。

22時近く体育館をのぞくと今日は音楽仕立てのリーディングをやっている。

ワイン飲んで1時半頃寝る。

■八月二十八日

No.1418

8時起床。快晴。

10時あたり、ナンシー行きの電車に。エコール・ド・ナンシー美術館を是非とも見たいからだ。

因みにナンシーはガレの故郷で駅の近くにガレを飾る名物レストランがあったところ、日本人がオーナーになってレプリカを作らせ、本物はすべて日本に持っていってしまったので、タケシよなんとかしてくれ、とはミッシェルの言だ。

まあ、いっちゃ悪いがガレっていかにも日本の成り上がり小金持ち、ざーますマダムとか好きそうだからな。愛知の成金あたりが持ってったんじゃねえのか。って意外とすぐそばにいる人のことだったりして。

16時。帰ってきて質問会。司会はジャン・ピエール・ランギャール教授。渡辺守章氏と知り合いだという。

会場には50名ほど。前半は過さん、後半は私。

始まる前、ミッシェルが私を呼びとめ、

「昨日は自分のリハがあったのですぐ行かなければならなかったから何もいえなかったが、君の昨日のは戯曲も演出も実によかったよ。コングラテュエーション」

そして私の胸を叩き、

「えらいひとだ」という。

さて会では能の説明で、私、西洋劇との構造の違いを強調させようと、

「優れたお能とは、観客をいい眠りに誘うものです」

というと場内大爆笑で、「じゃああなたの『AOI』は能としては失敗なのでは?」

という質問に、へへへへと笑う。

バーでビールを飲む。ここでは戯曲も販売されているので、近くにいたロラン氏に氏の戯曲はあるかと聞くと、五冊ほど取り上げて差し上げると言われる。もらう。

あとパゾリーニの戯曲集、ソネット、『テレビ反対』などの批評集などを見つけ、買う。

ティボルトに会うと「コングラチュエーション」と声をかけてくれる。

夕食。

過さんと同じテーブル。

中国の反日デモについて聞く。

こういうこともお互い、自分のリーディングが終わってほっとしていて共に数日過ごしたという信頼からできるものだ。

過さんはきわめて冷静に今の中国について語り始めた。

以前は国全体がコミュニズムに向かってという大義があったが、今は短絡的な資本主義、保障とか制度を抜きにした拝金主義に陥っているということ。

いささか私はペシミスティックだがと言いつつ。

日本については右翼の一部が強調されて報道されているということ。

そういうことをわかっている人も少なくはないのだが、口には出して言えないこと。

検閲を今政府はしておらず、劇場の自主規制ということになっているが、書けない言えないことは多いということ。

中国人が外に向けて戦争を仕掛けないのは、中国人とは三日間中華料理を食べないと我慢できなくなるからだ、という中国ジョークなど。

私は今回過さんに出会えて本当によかったと思う。

例えば日本で会ってどこぞの公的な場でこうした会話ができるだろうか。中国人と日本人がフランスというヨーロッパにいてこそ可能な会話をしたという実感がある。

部屋で一休みしてコンサートに繰り出そうと思ったところ、テレビでやっていたベルモンドの『カトマンズの男』などを見ているうちに寝入ってしまう。

■八月二十九日 No.1419
9時起床。

ロレーヌ地方の新聞に『AOI』の記事が載っている。

T factoryがTea Factory、すなわちお茶工場になってたり、私は自分をヌーベルバーグの孫の世代といったのだが、ヌーベルバーグ世代の川村となっており、これだと相当の歳だと読まれるかも知れない。

ナタリーは今朝パリに帰ったということだが、

「パニック状態になって申し訳なかったけど、本番で理解できたことがいっぱいあって楽しかった」

という私への伝言を浅井さんから聞く。

14時、イギリスの戯曲のリーディング。

16時、フランスのエンゾーの新作リーディング。

女ふたりだけのが一幕二幕と続き、この時点で一時間半は超えていて、外で車が通るごとに気にするミッシェルの動向を見ているほうがおもしろく、終わるのかと思ったら三幕が始まるのでさすがに出る。

シャワー浴びてここのトラピスト・ビールを飲む。おいしい。

18時、テントのリーディング。過さんではないもうひとりの中国作家のもの。これには作家は来てはいない。

外の芝生で羊が鳴きだすと、音に過敏なミッシエルはここでも飛び出し、見ると羊の前で仁王立ち。

羊鳴くのをやめず、仕方なく遠くにやったミッシェル、次に腹ばいになって匍匐前進でテントに入って反対側の通路に移動していく。

20時、閉会式。お偉方挨拶。シャンパンを飲む。

いろいろな人と挨拶。

夕食。最後が見えたせいかここ数日料理に気合いが入っている。

22時、テントでリーディング。羊とニワトリを出して劇作家本人の漫談のようなもの。

23時半、過さんの戯曲を演出していたクロード・ゲール本人のパーカッションを入れてのリーディング。

始まってすぐに私は寝入り、そのまま終わりの拍手で目覚めたのだが、見た人はなんだこれと悪評ふんぷん。

もうナルナルのリーディングということだった。

1時過ぎ、体育館で最後のリーディング。これも作家本人のものだが、なんか自分だけで笑って会場はしんとしていて10分ぐらいで引っ込む。私ひとり笑った。すでに二時間以上押してるから本人飲み過ぎて酔ってるのだろうと想像したが、果たしてその通りだったらしい。後でカウンターでこのひとがべろべろになっているのを見た。

さてコンサートはマミチャン・バンド。そう女性ボーカリストは日本人。

戸川純と何かをひっつけたような音楽で、最初はみな怪訝な顔つきで、これはどういうものなのかとしきりに私ら日本人に聞いてくるが、私もよくわからないと答え、ミッシェルとジャンが歌詞を訳してくれというので、みんなして耳を澄ましていると、「あ、これフランス語だ」と気づき、それは「傘をさそう」ってな意味のことを延々と繰り返しているらしい。

コンサートはまだまだ続いているが出て2時半頃寝る。

■八月三十日 No.1420
9時起床。快晴。

朝食で一緒になったチャーリー、マリオン、過、パスカルと一緒のテーブル。

お別れの挨拶。

学校を卒業したばかりのマリオン、「これからホリデー?」と聞くと、「ずっとホリデー」とさみしげ。

また町をぶらぶらと歩き、ジャンたちに挨拶。

14時近くの電車でパリに向かう。

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