彷徨とは精神の自由を表す。
だが、そんなものが可能かどうかはわからない。
ただの散歩であってもかまわない。
目的のない散歩。
癇癪館は遊静舘に改名する。
癇癪は無駄である。
やめた。静かに遊ぶ。
そういった男である。

バックナンバー 最新

■六月八日

No.361

マチネ、ソワレ。マチネに小林恭二一行現れ、終演後本多オーナーからの差し入れである寿司を「招待してもらってそのうそのうえ寿司食っちゃ野獣だな」といいつつ結局マグロ、イクラなどをつまんで帰る。小林氏と唐組を見に行く約束をする。本当に酒乱でない小林氏はいい。たまに飲んでいてホント嫌になるときがあるが。

ソワレ、開演中、近所の文化祭の模擬店みたいなバーで缶ビールを注文し、道路に出されたテーブルで飲んでいると、店のにいちゃんが酢漬けの寿司を出してくれる。

隣のシネマ下北沢で針生一郎を素材にしたドキュメンタリー「日本心中」を見る。アフタートークで針生一郎自身が現れるということで今夜は満席と聞く。なんで、なんで、なんで針生一郎が、しかも若者が多いんだぜ。若者のひとりに針生一郎って知っているのかと聞くと、知らないと答えるので、ではなぜ来たのかと聞くと、わからないと答える。映画は面白くない。針生の保田與重郎からベンヤミンへの転向といったテーマも面白いとは思えない。針生氏の著作をこれを機会に読み直したい気にはなったが。
■六月九日

No.362

いよいよ千秋楽である。しかもロシア戦である。

停電は私のトラウマとなり、停電になったシーン近づくと、パニック症候群を起こすようになってしまったというのは嘘。もうなんだって来いだよ。受付の浅沼が「今日は川村さん、何を引き寄せるんでしょうねえ。デヘヘヘヘヘ」だと。ばかやろう、俺はいつだって普通でいたいんだよ。普通に終わってくれよ。

マチネが予想したより薄い。いよいよ夜が心配になる。キックオフは八時半である。と私の苦悩をよそに映像オペの片倉はロビーにポータブルテレビなんぞ持ち出して、例によって眉間に皺寄せて難しい顔してメロンパンなんぞかぶりつきながら、ぼんずのような落ち着きの無い仕草でエクアドル戦なんぞを見ている。消せといいたいが、小林さんも大のサッカーファンで必ず楽屋から見に出てくるので何も言えない。

ミン亭でじゃじゃ麺を食べる。

ソワレ、果たして満席。ありがとう、お客さん、サッカーなんぞにまどわされない、皆さんは観客の鑑だ、神様だ!

無事終わる。何事も無かったので浅沼なんかがっかりした顔してやがんの。

すぐに旅だしバラシなので打ち上げは無し。うれしい。実は大の打ち上げ嫌い。二十歳代の頃からそうだった。

歌舞伎町の喧騒から日本がロシアを破ったことを知る。日露戦争の勝利の日の興奮とはかようなものではなかったのかと想像する。若者が合言葉のようにニッポン、ニッポンを繰り返す。戦争に勝ったのだ。

しかし私にとっては遠い出来事のように感じる。
■六月十日

No.363

原稿23枚を必死で書き上げる。すぐに編集部に電話を入れてバイク便で受け取りに来てもらう。

ロシアの敗戦によるモスクワの暴動のニュースを見る。

夜、いろいろなことがとりあえず終わったわけで葉巻とウイスキーをやる。
■六月十一日

No.364

スタッフは今日名古屋入りである。

晴天で暑い。布団などを干し、洗濯などをし、旅の支度をする。
■六月十二日

No.365

午後四時、名古屋入り。新幹線のホームできしめんを食べる。

長久手町へ。装置は上がっており、明かり作り。スタッフ皆元気。午後十時退館。伏見のホテルにチェックインして街に出て、『山ちゃん』に入って手羽先、味噌どて煮などささやかな名古屋三昧。これでひつまぶし、味噌煮込みうどん卵入りも食べられればほぼ完璧なのだが。
■六月十三日

No.366

役者さん達、小屋入り。午後七時開演。無事終了。

元劇団員なども加わって装置のバラシ。こういう姿こそ元劇団員の鑑である。一番頭にくるのは堂々とOB、OG面してくる輩。

小林さんと伊藤さんとで街に繰り出し、居酒屋で飲む。色々貴重な話を伺う。新劇史とか新劇と小劇場の齟齬について語り合う。アンサンブル、ブレヒトについて等々。偶然見つけた飲み屋なのだが、カウンターのなかのオヤジが私たちの話を聞きつけ、「実はここは藤田まことが良く来る店でね」と介入し始め、御園座をはじめとして現在の商業演劇がいかにだめかを話す。

店を出てから伊藤さん「話に割りこみ過ぎですね」とポツリ。

気持ちよく酔っ払って眠る。
■六月十四日

No.367

新幹線で大阪へ移動。新幹線はチュニジア戦に向かうサポーター達でいっぱい。

タクシーの運ちゃんに聞くと、ワールドカップもユニバーサルスタジオもタクシー業界には経済効果はあまりないとのこと。

ホテルにチェックイン。扇町の小屋を覗いてホテルに戻り、チュニジア戦観戦。勝ったのだった。

再び扇町に戻り、頃合のいい頃、梅田に出て、よさげな居酒屋に入り、鯨肉などを食べ、生ビールを飲む。店は満席で、誰もが勝利の高揚のなかにある。小屋に戻り、客席が低いとだめを出す。

ホテルに戻る。勝ったのはいいが、一方でだからどうしたという気もする。

テレビで韓国、ポルトガル戦を見る。
■六月十五日

No.368

伊藤さんが昨夜道頓堀まで行ってダイブの光景を見たというので小林さんとびっくり。「だいじょぶだったんすか?」と聞くと「なかなか歩けませんでした」と涼しい顔。

午後三時、開演。引き続き七時開演。

扇町ミュージアムスクエアはオーナーの大阪ガスが撤退の方針により、今年度で閉館である。1987年『フリークス』からこれまで一年に一度の割合で公演を続けてきた。今回のTfactoryでのこれが私にとっては最後の公演となるだろう。

終演後、小屋で乾杯。京都から橋口氏、名物の遠藤さんも来ている。遠藤さんとわーわーしゃべる。ほとんど他人の悪口。誰のかは言わない。でも私も遠藤さんも大声だから筒抜け。要するに明るいポジティブな悪口ってことよ。

毎日放送の日高さんと近くの鉄板焼き店に向かい、そこで大いに酔っ払い、ほとんど記憶を無くしたまま、ホテルに戻る。
■六月十六日

No.369

午後二時公演。公演前まで隣の映画館で『沈みゆく女』というカナダ映画を見ていたのだが、早く劇場入りしろという指令が携帯に入り、最後10分を断念して小屋入り。

大阪のお客さんは前列の桟敷席獲得を競い合う。東京とまるで異質の光景である。こうした大阪のお客さんが大好きだ。要するに私の興行好きの資質のせいだろう。動員なんか作品の質とは関係ないといった気取った態度は嫌である。楽しむためにがっつくことを恐れない大阪が好きだ。

最後の公演。まさに満席。カーテンコールで拍手鳴りやまず、俳優諸氏何度も舞台に出される。

お客さんが出た後、舞台でキャスト、スタッフ全員で記念撮影。外では大阪の叔母ちゃんたちがパンフレット片手に待っており、役者さんを掴まえてサインのおねだり。いいですねえ、興行の光景ですねえ。俺とかもサインしたよ。昨日も今日も握手を求めてくる女性がみんな美人なので俺、大喜び!

思い思いの時間に小屋から去っていく役者さんたちは本当に『スパイ大作戦』のなかの一仕事終えて散り散りになっていくプロフェッショナルの姿と重なる。

夜、東京に戻る。

終わった。
■六月十七日

No.370

終日ぐだぐだする。

『メメント』を見る。シナリオは面白いが、映画としては凡庸。
■六月十八日

No.371

終日サッカー観戦。日本、トルコに負ける。公演が終わってやっとゆっくり見ようと思っていたら、負けやがんの。

夜、韓国、イタリアを破る。

それにしてもこの騒ぎをみると今の若者、たまっているのだなと実感する。そんなに騒ぎたいなら革命やれよ、革命。
■六月某日

No.372

新宿で『KT』を見る。70年代を描いた映画だが、映画本体もまるで70年代の映画になりきろうとしている意志が面白い。つまりこれはフライシャー映画のテイストにも通底するベタな70年代映画である。終わり方も70年代映画である。面白かった。

夜、事務所で第三エロチカの新作『フリークス/パゾリーニ/ショー』のための打ち合わせ。
■六月某日

No.373

大雨。体がだるく、うつらうつらしながら本を読む。

夜、世田谷で『ピッチフォーク・ディズニー』を見る。フィリップ・リドリーのこの戯曲はおそろしく80年代的なテーマである。日本に即して言えば野田秀樹の少年のグロテスク版である。
■六月某日

No.374

公演もひとまず終わり、これより執筆と思索、学究の日々が続くと思われる。一切は未来の作品のためである。

実は先週はよくあちらこちらで酒を飲んだのだがいちいち面倒なので記述は割愛する。

日々いくらでも眠ることができる。

『ブレイド』を見る。面白いが、なんでこの手のハリウッド映画はすぐ最終的に世界制覇を企む者との戦いとかなるんだろうね。まあ、よくできたコミック。これはこれで良し。しかも吸血鬼ものは大好きだからどうしても面白がってしまう。ジェームズ・キャメロンの昔の女房が監督した月のなんたらという吸血鬼映画も実に良かった。くくくくく、名前が思い出せない。と思ったら思い出した、キャサリン・ビグローの『ニアダーク・月夜の出来事』ね。彼女のなかで一番いい映画だし、吸血鬼ものとしても逸品。

運動をする。市民運動とか署名運動ではない。ほんとうの運動。汗をびっしょりとかく。曇り空の下、缶ビールに寿司と焼き鳥を食べ、帰宅して眠る。

ひさしぶりに『笑点』などを見て、だらしなく笑う。
■六月某日

No.375

雨。元気なし。

銭湯に赴き、サウナに入る。

韓国、ドイツ戦。興味なし。ワールドカップは基本的に不愉快だ。日本にとってなんの得にもなっていない。中原昌也が、モー娘とサッカーのことを話す連中は鬱陶しいと書いていたが、同感である。とっとと終わって欲しい。日本の勝敗とは別問題として。

読書に明け暮れる。
■六月某日

No.376

雨。原稿書き。予想に反して枚数進む。決勝はドイツとブラジルに決定。なんだかんだいって気になっている。ヨーロッパのジャーナリストがドイツサッカーに関して「ヨーロッパ1退屈なサッカー」と称し、「でもこういうのがしこしこ点上げて決勝までいっていつの間にか優勝するんだ」というスポーツ紙でのコメントを思い出す。スターも美男子もいないから、ゲルマン魂のGKカーンを持ち上げたメディアには泣ける。
■六月某日

No.377

雨が続き、実に憂鬱。

原稿書きに没頭しようとするも,生理の痛みが強く、集中できないのでやめる。

『スペクタクルの社会』に没頭する。

『トラフィック』がよかったので、この際ソダバーグをまとめて見てやろうと思い、三本ほど借り、そのなかの一本『イギリスから来た男』を見る。年老いたテレンス・スタンプが泣ける。語り口は『トラフィック』の原型の趣きがあり、『セックスと嘘とビデオテープ』とか『カフカ』よりはいい。
■六月某日

No.378

文学座アトリエで『ロベルト・ズッコ』。『牛蛙』で演出助手をしていた中野君の演出デビュー。上演中、斜め前の席にその中野君がいて、役者の台詞に合わせて異様に身を乗り出して片手を挙げ、体を揺らせている姿がいやでも目に入る。その姿に単純に感動する。それにしても同じ列のお客さんは中野君が椅子を揺らすのでおうじょうしただろう。

終演後、初日の乾杯に加わり、それから高瀬氏、赤司さん、今回ドラマテュルグをした佐藤氏と、中野君を居酒屋に拉致し、みんなでいいたいことをいう。私なんぞわいわい演出のだめを出してしまって、酔っ払った。でも中野君は幸せ者だ。
■六月某日

No.379

二日酔い。

コクーンの『オイディプス王』。

終演後楽屋に向かい、まずは吉田コータローにやあやあ。そいでもっていろいろな人と会い、話す。内容は書かないよーん。すっかり楽屋で時間をくってしまい、コータローに後から行くと告げておいたロンドンパブには行けず。
■六月某日

No.380

脂汗が出てパニックを起こし、急行電車を降り、各駅に乗り換える。酒毒にやられ気味なのである。今週の目標節酒。断酒でないところが泣かせるね。

ドイツ、ブラジル戦決勝戦を見る。ドイツを応援するも2対0で負ける。おわったときのGKカーンが空を仰ぐ表情がまるでスポ根ドラマのように決まっている。負けた男は美しい。少なくともはしゃぐダイゴロー頭のロナウドより素敵だ。

そういうわけで何がワールドカップだ。日本に得になったことなんかねえぞ、バカガキがはしゃいだだけじゃねえかよ!なにが思い出作りだよ!子作りでもしろよ!

No.381〜400 バックナンバー

©2002,Tfactory Inc. All Rights Reserved.