42歳の私は未だふらふらとしている。 落ち着きがなく、瞬間湯沸かし器の気味もある。 だからこの日記を彷徨亭日乗と呼び、東村山の 住まいを癇癪館と名付ける。 こういった人間である。 |
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■三月十六日 | No.281 |
ホテル、チェックアウト。出発は夕方なので荷物を預け、領事館の方に飲茶をごちそうになる。あと土産物屋やらなんちゃらかんちゃら。 空港はまた修学旅行生が点呼を取っていたり、なんだか田舎の大学生みたいので一杯。機内で蓮実の映画本を読む。 |
■三月十七日 | No.282 |
早朝、成田着。夜、がたがたと日本酒を飲む。 |
■三月十八日 | No.283 |
東京の空気は明らかにメルボルンのものとは違う。一挙に花粉症の症状に見舞われる。原稿執筆。山田宏一氏の「新編美女と犯罪」、蓮実重彦氏の小津本などを買う。 | |
■三月某日 | No.284 |
執筆。 花粉症、主に鼻水とくしゃみがひどい。 |
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■三月某日 | No.285 |
西武線に乗っていたら、向かいの若者が般若心経を唱え始めた。「悪い人はこれで苦しむ」とか呟いている。「次の駅で降りる人は悪人ですから、皆さん注目しましょう」と言う。注目していたらひとりのオバサンが降りた。新宿に近づくにつれてさらに声は大きくなり、創価学会の批判をし始める。高田馬場がもうすぐという頃に、「今日はこれで終わる。そこの十六茶を飲んでいるオジサン、ほっとしたろ、助かったな」などと私の隣の人に声を掛けている。私にも何か言ってくるかと身構えていくと、「この座席では」と私達のほうを見渡し、「この人だけがいい人、後は悪人」。いい人に指名されたのは私でほっとする。若者は高田馬場で降りた。東京って怖い。でもいい人と言われて良かった。 | |
■三月某日 | No.286 |
新文芸座でフリッツ・ラング「ビッグ・ヒート」を見る。上映前のロビーでこの企画の元締めである山田宏一氏をロビーで認め、お世話になりましたと挨拶する。実は山田氏とは映画狂だった中学生の折り、何度か文通し、パリの国立映画学校への留学の相談に乗っていただいたり、数年前にはジョルジュ・フランジュの「顔のない目」取得のためにビデオ会社を紹介していただいたりと世話になっているのだ。「グランギニョル」という劇は「顔のない目」からインスパイアされている。 山田氏とはなんと直接にお目にかかるのはこれが初めてである。感激である。 映画も最高であった。当分再び私にラング、ラングと繰り返す日々がやってきそうだ。驚くべきことにまったく、ラングの映画でつまらないものはない! この日乗の私のアイパッチ姿の写真の由来はここで種明かしすればフリッツ・ラングへのオマージュなのである。タモリではなかったのである。 幸せな気持ちで癇癪館に戻る。 |
■三月某日 | No.287 |
彼岸の日。社民党辻元議員に詐欺疑惑。ついに辻元も刺される、か。辻元議員とはお互いが二十代の折り、新宿のしゃぶしゃぶ店で偶然隣り合わせたことがある。ピースボートとかやっていた頃だ。彼女と同席していたのが、知り合いだったので紹介された.。それから別になんだというわけでもないのだが。同世代というそれだけの理由で応援したい気分なわけだ。そういえばメルボルンの新聞THE
AGEでは「小泉純一郎ウエーブヘアーの」と私を紹介していた。どうでもいいけど私のこれは天然ですからね. キアロスタミ「桜桃の味」を見る。咳が出る。花粉症なんだか風邪なんだか。 |
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■三月某日 | No.288 |
「アーカイヴス」のための写真撮影の日。正午、新富町のスタジオへ。 新文芸座でルノワールの「獣人」を見る。 新宿へ。 執筆。 西武新宿線では色々なことが起こる。デジカメを取り出して隣の車両を撮っている若い男。どうやら一組のカップルを追っているようで、彼らが降りると同時に降りて、距離を置いてさらに後方からレンズを構えているのが開いたドアから見える。 そして、膝の上に置いた鞄に突っ伏して眠っている男。やがて男はそのままの姿勢で前方から倒れ、頭のてっぺんから床に激突転倒するのであった。ふたりほどが大丈夫かと助け起こすと、「大丈夫です」と何事もなかったかのようにまた同じ姿勢で眠りだす。フライシャー「センチュリアン」を見る。 |
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■三月某日 | No.289 |
執筆。 サウナへ。ラングの「M」を見る。 |
■三月某日 | No.290 |
隣の店舗が全焼し、休診していた、通いの耳鼻科が再開しているのを知り、行く。なかの壁を全部塗り替えている。早稲田へ。卒業式の混雑のなか、撤収のため構内を走り回る。次に新宿の歯医者へ。執筆。劇作家協会から理事になれというファックスが届く。別に断る積極的な理由もないので引き受けるつもり。でもまた遅くまで会議が続くんだったら嫌だな。前にやっていた頃には終電ぎりぎりまでやっていたんですぜ、ダンナ。劇作家は京王線沿線在住が多いとかなんとかわけのわからないことを標榜しやがって。西武線の立場はどうなるんだよ。 | |
■三月某日 | No.291 |
引き続き、早稲田研究室の撤収作業。純ちゃんから撤収記念に早稲田の角帽をかぶった熊のマスコットをもらう。早稲田松竹、今月いっぱいで休館と知る。ラストショーはカサベテスか。新文芸座を応援しないと。 執筆。辻元、議員辞職のニュース。 |
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■三月某日 | No.292 |
執筆。あまり外に出たくない。 |
■三月某日 | No.293 |
早稲田大学研究室、完全撤収。片付けを終え、窓からしばし桜を眺める。 執筆。新井薬師で軽い花見。でもほとんど花は落ちている。屋台でワンカップ大関買ったら500円もしやがんの。ぼったくりである。 帰ってtonight2の最終回を見る。大昔このレポーターを頼まれそうになったことがある。もしそれが実現していたら今は今とはことになっていたのでは、一本も舞台を演出しない演出家になっていたかも知れないとしばし感慨に耽る。 執筆に関する煩悶、多大。 |
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■三月某日 | No.294 |
大雨。憂鬱。「いいとも」であゆ見る。相変わらずの鼻炎声でばかっぽくてまことによろしい。運動が嫌いというところもいい。執筆。近所の図書館で映画の本三冊借りる。ガッツラーメンでねぎそば食う。 フライシャーの「ザ・ファミリー」を見る。実に面白い。人物のアップのちょいとした不思議な長さが素敵だ。決してスピーディーとは言えない、しかし独特なリズム、今のハリウッドでは絶対見られないようなテンポが魅力だ。あえて近い監督を挙げれば、ポール・ヴァーホーベンだろうか。なんか変な監督だ。どこかで屈託があるのだろうそういえばフライシャーは「ミクロの決死圏」というかつての素敵なばか映画の監督でもあるのを思い出した。「マンディンゴ」とか「ラスト・ラン」とかもあった。「ラスト・ラン」が見たい。「ザ・ファミリー」のラストシーン、よいよいになったアンソニー・クイン、繰り返される映画の終焉。 夜。「タモリ倶楽部」で、タモリやなぎらが本当に小学生を泣かしてしまうのを喝采して見る。これがまっとうである。テレビでガキなどちやほやする必要なし。厳しい現実を幼き頃より啓蒙すべし。執筆疲れのせいか意地悪になっている。ビリー・ワイルダー死去の報。 |
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■三月某日 | No.295 |
執筆、執筆、また執筆。 どうでもいいけど腹の贅肉とかを振動で無くすっていうアブトロニクスってなんでこんなにCMがんばってんの。テレビだけじゃないよ、新宿のさくらやでわーわー街頭販売していたよ。あのアメリカンCM、妙にそそられるな、買っちゃいそうになっちゃうな。 どうも忙しい。四月半ばに予定していたベルリン行きを断念。夜、さんまの「恋のから騒ぎ」とかを見てしまう。 それにしてもこの日乗を書いていて思うのは、私ってほんと趣味の無い人間ね。アウトドアもしないからねえ。以前唐十郎さんから釣り行こうって誘われたことあるんですわ、でもこのおっさん、むちゃするらしいんですわ、アマゾンにロケハンに行ったときは鰐のいる川泳いだり、断崖絶壁上るのが好きだったり、そういうこと人から聞いていたもんで、冗談じゃないってお断りしたんです。穏便なやつならいいけど、おっさん何しだすかわからへん。一時期ガキの頃ビリヤードに懲りましてね、島田雅彦とボジョレーとかがんがん空けて徹夜で玉突いていましたけどね、ブームになっちゃったんでやめましたわ。島田君は角度がどうのこうのとひとりでぶつぶつ言ってなかなか突かなくてね、おうじょうしましたわ。 中東がまたがたがたしているな。エドワード・サイードには恩義があるから私はパレスチナを支持する。 最近、飲み過ぎの感あり。麻痺させないと戯曲のことが頭から離れないのだ。 夜、ラングの「激怒」見る。 |
■四月一日 | No.296 |
「いいとも」、新コーナー満載というが、あまり変わらず。 いよいよTfactoryも始動である。この詳細についてはもうすぐ出る「テアトロ」五月号に寄稿しているので興味のある方は是非読んでいただきたい。 |
■四月某日 | No.297 |
悪魔に身銭を切ったかのようなこの忙しさはなんだ。こんなもんは褒められたもんじゃない。忙しさを自慢するのは田吾作だ。忙しいのは良くない。だが、今は仕方がない。 銀座のセゾンの事務所へ。その後森下スタジオヘ。今日からこのスタジオ入りである。アデレードからラッセルも来た。この五月に「ロスト・バビロン」の一部がアデレードで上演される。第三エロチカからの参加は土屋と遠藤。他のメンバーは八月の公演に向けて今から始動。メルポルンからピーターも来日の電話を受ける。 ラッセルと森下の「みのや」で桜鍋を食べる。ラッセルの滞在地は中野のウイークリーマンション。部屋が線路側で音が辛いという。そうだろうな、アデレードに比べたら、そりゃあ東京は騒音の街だ。 |
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■四月某日 | No.298 |
大山のサイスタジオで打ち合わせ。 執筆。執筆はまさにマラソンであり、ひどく苦しい時期を乗り越えると楽しい時期がやってくる。今はそれだ。書くことが好きなのだ。夜、オムライスを食べる。 それにつけても、いよいよTfactory、始動だ。 それにしても新年度だってのに全然テレビ変わらないなあ。別に期待してないけど。Tonightみたいの復活させなよ。だらあっと見れて、それなりに雑学になるやつ。司会は私がやるから。コルトレーン聴いて寝る。 |
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■四月某日 | No.299 |
執筆。いよいよ佳境である様子。何が起こるかわからないが。 東京12チャンネル深夜で勝新の「まらそん侍」をやるではないか。慌てて予約録画の準備。「まらそん侍」で思い出したが、今フランスでコラボレーションの最中の結城座の面々はすこぶる快調という風の便りだ。 |
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■四月某日 | No.300 |
「まらそん侍」を見る。二枚目の頃、座頭市以前の勝新。映画は面白くない。 「アーカイヴス」のチラシ、出来上がる。 |
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