41歳の私は未だふらふらとしている。 落ち着きがなく、瞬間湯沸かし器の気味もある。 だからこの日記を彷徨亭日乗と呼び、東村山の 住まいを癇癪館と名付ける。 こういった人間である。 |
|
■十二月十六日 | No.201 |
帰京。時間が間に合ったので久しぶりに『笑点』を見る。 年の暮れね。 新幹線でずっと読んでいた小林信彦の映画評論集を読み終えて布団に入る。 |
■十二月某日 | No.202 |
早稲田へ。ビデオをダビングしたり、演劇博物館に行ったりと大忙し。雑用をこなし、『牛蛙』へ。一週間ぶりに見たのだが、役者達充実の出来。なんだか本当に舞台の世界の人物達になってしまった。映画を見ているような気分にも。実はこれも戯曲執筆時に狙ったことではあった。ざらっとした感触を秘めたフィルムノワール。 終演後、アトリエの近所の飲み屋で役者さん達と飲む。 |
|
■十二月某日 | No.203 |
二時マチネ。『牛蛙』千秋楽。終演後見に来ていた渡辺えり子と話す。 高田馬場で葉巻を買う。カツカレーを食べると胸焼けがする。 喫茶店で猛烈な眠気に襲われる。『ニッポン・ウォーズ』の稽古場へ。京都公演について話す。 七時、信濃町の『牛蛙』の打ち上げ会場に。 なんやかやとわあわあ飲む。 いろいろな人としゃべる。 わあわあ。がやがや。うーうー。 気が付くと『風花』である。 記憶がない。 |
|
■十二月某日 | No.204 |
とにかく癇癪館で目覚める。 近年において最高の二日酔いである。 ずっと死んだまま。 このまま本当に死ぬんじゃないか。 夜、どうにか生き返るも、眠い、ひたすら眠い。 テレビでは今年の事件の総決算番組。 ああ、僕たち、私たちはこうした時代に生きてしまっている! 恐らく人間、人類が初めて直面しているであろうこうした時代に! すぐ寝る。 |
|
■十二月某日 | No.205 |
すっきり目覚める。十時間は寝た。 原稿書き。旅行の準備。明日よりマレーシア、シンガポールである。仕事である。 そういうわけで彷徨亭日乗の次回は新年初頭、タケポンの初めてのアジア旅行、ドタバタダバダバ珍道中で幕を開けることになるだろう。 四二歳の誕生日はクアラルンプール行きの機内で迎えるのだ。 スチュワーデスさん、シャンパンおごれ。 |
■十二月二十一日 | No.206 |
JALでマレーシア、クアラルンプール空港へ。 同行は世田谷のジェームス・ボンド氏。なぜこう命名したかは後になってわかろう。 フライト時間七時間半。空港はやたらに人が多く、入国審査の列は長く、しかも遅い係官の列に並んでしまって四十分ほどかかる。 暑い。ホテルまで車で一時間ほど。 長期滞在者用ホテル、都市中心部からは少し離れてはいるものの設備は快適。零時で四十二歳の誕生日を迎える。 |
|
■十二月二十二日 | No.207 |
九時起床。雨。 タクシーで中心部のセントラル・マーケットへ。ぶらぶらと歩きそのままチャイナタウン、ヒンデュー寺院、屋台街とべたな観光。 マスメッド・ジャメ、イスラム教のモスクに上がり、スピーカーから寺院に響き渡るコーランのリズムに陶然となる。 雨降ったりやんだり。通りの店先に吊るされていたオサマ・ビン・ラディンの2002年版カレンダーを買う。十二月まですべてオサマ・ビン・ラディンのポートレイト写真で構成されている。 インディアン街でチキンライス食べる。 午後、バンサで若き劇作家ウジールと会う。 夜、インター・カフェ・シアター『マス・ヒステリア』を見る。千秋楽で終演後打ち上げに誘われ、バーでウイスキーがぶ飲み。 メンバー達次第に酔っ払い、手に力が入らなくなったのかしきりにグラスを床に落として割る。 |
|
■十二月二十三日 | No.208 |
チャイナタウンのセン・カフェでダンダンシアターのリハーサルを見る。 その後アクターズ・スタジオに行き、ジョー・ハンセン氏らに会う。 NHKニュースをホテルのテレビで見る。北朝鮮のスパイ船を巡視船が撃沈したという。 |
|
■十二月二十四日 | No.209 |
なぜか夢に浜崎あゆみが出てくる。あゆは草加の実家に住んでいて私が遊びに行くという夢だ。とぼけた夢だ。ふだんも私はしばしばとぼけた夢を見て、自分であきれることしばしばだ。 ジャパン・ファウンデーションで様々な演劇人とミーティング。 チャイナタウンへ行き、今度はアルカイダを特集した雑誌を買う。マレー語で読めないのだが。 インド映画上映専門館、コロシアム・シネマが気になって仕方がない。上映時間を確かめ、隣のコロシアム・カフェのカウンターでタイガー・ビールを飲む。植民地の名残りのある風情のあるカフェ。天井には扇風機の大きな羽根が回っている。カウンターにやって来たほとんど全盲に近い中国人のおじさんから目が離せなくなる。メニューを顔に近づけて読み、注文し、タイガー・ビールを飲んで、スープにパンを浸して食べている。 徒歩でチャイナタウンまで戻り、オールド・チャイナ・カフェで焼きソバを食べる。 |
■十二月二十五日 | No.210 |
コロシアム・シネマでインド映画を見る。観客は全員がインド系であり、私をめずらしげに見る。三時間の長い映画。劇的な流れになると大仰な音楽がかかり、その都度大笑いする。この笑いは私だけかと思ったが、隣の若い女の子たちも同様にけっこう笑っている。 コロシアム・カフェで飲んだくれる。 | |
■十二月二十六日 | No.211 |
シンガポール航空でシンガポール、チャンギ空港へ。 入国審査でまた遅い列に並んでしまった。 カールトンホテルにチェックインし、サブステイションという小劇場へ赴き、そこのカフェに集まった演劇人達と四時間ほどしゃべる。さすがにくたびれる。 夜、アイバン・ヘンと夕食。けっこうなシンガポール料理でした。 夕食後、ラッフルズ・ホテルのバーにアイバン・ヘンと向かい、定番のシンガポール・スリングを飲む。日本人がけっこういてみんなこの赤い液体、シンガポール・スリングを飲んでいる。 アイバン・ヘンと盛り上がる。今回の旅の道づれであるM氏をジェームス・ボンドと命名したのはこの夜のアイバンである。そう言われたM氏はなぜかむっとしている。 アイバン、シンガポール・スリングのようなトーイ・ドリンクはやめて何かスコッチをと言うのでグレンディッシュのダブルを注文する。アイバンはマティニをがんがんいっている。テーブルの落花生の殻を床に捨てて飲むのがこのバーの流儀で、床は殻だらけである。 カールトンはラッフルズから目と鼻の先なのだが、アイバン、タクシーで送ると譲らず、徒歩で帰れるところを車で遠回りするという贅沢な余裕。タクシーの窓から西友のネオンを見つけて私が「せいゆ…」と呟くと、すかさずアイバン、「セイ・ユー、セイ・ミー」と歌いだし、私は「セイユー・ストアー」と返し、同世代のアイバンとはなかなか馬が合う、反りが合う。 |
|
■十二月二十七日 | No.212 |
カ・パオクンの自宅に招かれる。 ホテルのロビーでパオクンの秘書リーチーケン氏が待っていてくれて共に朝食を取り、パオクン邸に向かう。タクシーで二十分ほどのそこは日本でいうマンションであり、その一階がパオクンの住まいである。氏とは一度来日した折り会っている。 氏はガン闘病中である。放射線治療を受けているせいで髪の毛が抜けるので全部剃ってしまったと頭を手のひらで撫ぜた。 二時間ほどの会談。いろいろ興味深い話を聞いた。氏に会えて本当に良かった。 |
|
■十二月二十八日 | No.213 |
帰国。寒い。温度差が激しい。しかし時差も一時間のせいか、京都から帰って来たような気分でもある。やはりアジアは近い。 夕食で刺し身と湯豆腐食べる。 |
■十二月二十九日 | No.214 |
何もしたくないので何もしない。 | |
■十二月三十日 | No.215 |
晴れ。書斎の掃除。がんがんゴミを出すも収集はすでに終わっており、ゴミの山を前に呆然とするうちに日が暮れる。 夜、『タモリ倶楽部』のスペシャル、空耳アワー特集を堪能する。久しぶりにタモリのハナモゲラ語を聞き、大いに満足する。この番組はいつもどこかなつかしい。しかし空耳アワード大賞選考結果には異議がある。審査員のチャゲとか佐野史郎、センスねえぞ、もっといいのがあっただろう、例えばイボ痔のお婆さんのやつとか、「茶、パン、宿直」とか、「ヨーヨーヨー」っていう酔っ払いのやつとか。 |
|
■十二月三十一日 | No.216 |
昼間『男はつらいよ・柴又慕情』を見る。そろそろこの辺りからつまらなくなっていく兆候が見え始めている。寅次郎の造形がそれまでの作品でほぼ完成された結果、ただふられる男という役割にしかなっていない。しかも吉永小百合の父親である宮口精二演じる小説家像のクリシェぶりといったら馬鹿らしくて見ていられない。山田洋次の弱点である。この小説家も含めて画家とか教授とかを描かせるとなぜこうも山田洋次は浅薄になるのだろうか。『同胞』という映画は劇集団とはこうしたものだ、こうあってほしいものだという浅薄なクリシェの集合体のような実に醜い映画だった。 夜、横浜に行く。テレビで「猪木祭り」を見るも高田の戦いぶりを見て早くも失望する。そうこうするうちに近所の幼なじみが訪ねて来て共に飲み始め、最終戦の安田・バンナ戦にはほとんど集中できず。そうこうするうちに年が明ける。紅白にチャンネルを変えると白組が優勝している。だからなんだってんだよ。 もうろうとしたまま寝る。 |
|
■一月一日 | No.217 |
田端へ。親戚のガキとかいたらめんどくさいなと思っていたら、いた。仕方ないからお年玉とかやる。なぜガキがめんどくさいかと言えば孫をちやほやするジーサンとかバーサンがいて、それに合わせて周りもかまいたくもないガキをかまわなくてはならない雰囲気に巻き込まれるからだ。 でもぼくは大人だからそんな本心はおくびにも出さずガキをちやほやする。 ワイン、がぶがぶ飲んで癇癪館に帰る。 |
■一月二日 | No.218 |
所沢ワルツでお買い物。ジャズのCD三枚買う。飲んで、食って、寝る。 | |
■一月三日 | No.219 |
デビット・リンチの『ストレイト・ストーリー』を見る。くだらない。ジーサンがしゃべり過ぎだ。もともと中身のないのを煙に巻くような映画ばっか撮っていた監督だから期待もしなかったが。 | |
■一月四日 | No.220 |
国分寺ラドン温泉へ。 |
©2002,Tfactory Inc. All Rights Reserved.