41歳の私は未だふらふらとしている。
落ち着きがなく、瞬間湯沸かし器の気味もある。
だからこの日記を彷徨亭日乗と呼び、東村山の
住まいを癇癪館と名付ける。
こういった人間である。

No.101〜120 バックナンバー 最新

■八月某日

No.081

 リバイバルバージョンの舞台仕込み。
■八月某日

No.082

 照明仕込み。
夜、大山の街を歩き、いい店構えの煮込みやを見つけて入る。「カブラヤ」という。予想通り煮込み旨い。豚のレバ刺しも良し。
■八月某日

No.083

 舞台の設営がおしたために進行が遅れている。
場当たり。ゲネプロ。
■八月某日

No.084

 ゲネプロ、二回。いろいろなことが起こる。
■八月某日

No.085

 ゲネプロ二回。いろいろなことが起こる。
台風が近づいているという。
■八月某日

No.086

 初日。
本当にここ数日のあいだ、劇団員はいろいろなことをやってくれた。しゃれにならないから、彼女たちの名誉のために詳細は避ける。しかし何が起ころうといっこうに驚かない自分に驚く。ただバックアップの方法を考えるのである。反対にいろいろ起こって面白いのである。逆境であればあるほど燃えるという超マゾ体質なのである。
それにつけても、まったく若さって嫌!と思っていたら最後に宮島がやってくれた。詳細は触れない。時効になったら語る。宮島健、42歳、頭髪はさらに寂しくなって50代にも見られがちの宮島、あこがれの結婚をした幸せ者の宮島、ああ、宮島、君は一体何をしているんだ、宮島の人生って何?
初日の舞台、俳優たちは明らかに緊張している。特に宮島。宮島の緊張の末のへろへろ演技ぶりが14年前の舞台の光景と重なる。ああ、変わらずに小心者の宮島。男宮島どこへ行く!ところがどこにもいかねえんだ、こいつは。恋女房のいる綱島か実家の蕨に帰るだけなんだ。
初日の乾杯。小沼さん、奥山さん、八角さんも残ってくれてビール。
加藤ちか、絶好調でビールをかっくらう。宮島と同様、彼女もまた変わってはいない。三つ子の魂百まで。変わったのは大人になった私だけ。とかいうとブーイングの嵐だろうな。
■八月某日

No.087

 台風関東直撃の気配。早朝は大雨。神よ、われに試練を与えたまえ。
ところが夕方から穏やかになる。台風の目が消失したのだという。
舞台の出来は昨日よりいい。
まだまだ千秋楽まで何が起こるか知れない。老いも若きもいろいろやってくれるに違いない。しかしすべてを自然のこととして受けとめるのである。
いやあ、劇団ってほんと楽しいですね!
■八月某日

No.088

 あゆ結婚秒読みの報道にショックを受ける。
■八月某日

No.089

 台風一過の快晴。今日からAダッシュグループの三人が演じる。
客足好調。マチネ後、西堂行人氏とのトーク。このトーク目的にこの回に来られた方も多いようだ。メモをとっておられる年配の方もおられて恐縮する。
話題は80年代における第三エロチカのことだが、同時代を伴走しながら批評家と現場の人間の生理と見解の違いがわかって面白かったのではないか。
会場からの質問の前ふりで「初めて見たが予想よりエンタテインメントで良かったのですが」という言葉があり、うれしく思った。特権的に位置づけされた前衛のイメージなど御免こうむる。しかしだからといって私たちの劇は商業演劇に区分けされるわけでもなく、一言レッテル可能の商品になりにくいところが我々の真骨頂というところか。と自分よいしょしておこう。よいしょになってないな。
帰り、池袋でやきとんを食べる。
■八月某日

No.090

 金曜日。マチネはBグループ、すなわち新人公演。基本的にパブリックにはホームページにしか告示していない。故に役者の手売りのお客さんが大部分を占める。つまり父兄参観に似た体の会場である。
新人たちはよくやった。だが後半の劇の追い込み部分に細やかさがなく、雑である。まあほとんど私は演出をつけなかったのでしかたない。それにしてもほとんど稽古を見ているだけでよくこれだけやったものである。
ソワレはお客さん客席からはみ出すほどの満杯。
■八月某日

No.091

 土曜日。快調。この日記的にはここらで宮島が何したの友田がなにしたのとかあったほうが面白いのだが、宮島は喉を枯らしたせいか演技が滑り気味なのを抜かせばマヌケはやってない。友田は昨日の新人公演で音響オペを担当しており、ポカをやったが予想通りで驚きがない。それよりお客さんがまだ劇場から出きってないのに、大声で「すいませんでした!」とやったほうがよっぽどポカだ。このポカを本人は気がついていない。あまりの馬鹿馬鹿しさに私も指摘しなかったからだ。
ソワレに来場された友人知人と一杯やって帰る。帰りの大山のホームで吉村に会う。夜遊びする人妻である。人の顔を見てヒヒヒヒヒヒとか笑っている。誰にも言えないが私はこの女がどれほどの悪人か知っている。
■八月某日

No.092

 リバイバル、千秋楽。満杯である。
この公演でほりと伊沢は俳優と呼ばれて許される存在に少しばかりなった。
公演後、ニューバージョンのための仕込み替え。
まだまだ戦場は続く。
帰りサウナに寄ってマッサージを受ける最中、意識を失う。「お客さん」の声に起こされたときは電車で寝入って本川越まで来てしまったのかと錯覚した。
■八月某日

No.093

 早稲田で雑用を済ませ、大山に行こうとすると上板橋駅で死傷事故発生のため東武線不通。池袋で待つも動く気配がないので巣鴨から都営線で板橋区役所前に行き、そこから徒歩でスタジオに。ぎりぎりでニューバージョンの場当たりに間に会う。ゲネプロ。さくさくと終わる。どうも出来事がないな。いやいやなくていいんだ。劇団員と長い旅をしているようだ。
帰り池袋でやきとんを食べ、にごり酒を二杯飲むと、急速に酔いが回り、酒を飲むと遠い自宅に帰る気がしなくなるという宮島の言葉を実感する。
■八月某日

No.094

 どうやら昨日やきとん、ニンニクを食べすぎたらしく、腹具合が悪い。
ゲネプロの後。初日、本番。問題なしと思っていたが、冒頭のビデオ映像が出ない。映像班の大チョンポ。それに足を引っ張られたか、初日の緊張のせいか、登山、吉村をはじめ、俳優どもレロレロ。ひとり野並だけが稽古通りに演じて見せた。やはり本番は図々しいのが強い。とにかくやはりどいつもこいつもまだまだ俳優と呼べる存在ではないと実感する。まだただの劇団員である。
終演後、初日の乾杯をして、観劇に来ていたシンジケートふたりと飲む。楽しく過ごす。飲むと腹の具合が良くなる。
■八月某日

No.095

 ニューバージョン、二日目。五時、キャスト、スタッフを集合させ、初日がいかに駄目であったかを説明する。
その甲斐もあってか舞台の出来はまあまあ。少なくとも昨日よりはいい。
池袋でやきとん食って帰る。
■八月某日

No.096

 電車に乗ってスタジオに向かっていると、とにかく出来るだけ早く来てくれと制作から携帯に電話が入る。
着くとなにやら役者たちのあいだで小騒ぎである。釈然としない。要するにガキの騒ぎだからである。どこがどうガキであるのか滔々と説明したいところだが二時の舞台が迫っているのでやめる。
マチネ後、ITI養成プログラム主催のトーク、質問。
司会は内野儀氏。多くのお客さんが残る。リバイバルがよかったという人、ニューバージョンがいいという人、色々な意見などあり、面白い。小泉政権のことなどにも話題が及び、劇場にこうした生の政治のことが話されるのも健全である。
終わって近所の喫茶店で数人と歓談。
内野氏が私にブラジルに行けと言う。
逮捕された稲垣吾郎がテレビで「稲垣メンバー」と呼ばれるのを真似て宮島メンバーとか哀藤メンバーとかいちいちつけて呼ぶ。
七時、ソワレ開演。メンバーたちやっと落ち着いて来た。
■八月某日

No.097

 前売りが一番少なかった金曜だが、蓋を開けるとまあまあの入りである。
帰り知人友人たちと庄屋で飲む。劇団員達も合流し、がんがん日本酒を飲む。一気にエンジンがかかり、飲み足りないと新宿に繰り出し、『風花』に。劇団員達総勢八名。すでに記憶は一切無し。自分が何をしゃべっているのか理解できず。
タクシーに乗ると、運転手が歌舞伎町で大爆発が起こったと興奮して話す。私は多少正気を取り戻す。
「死者いっぱいらしいっすよ。お客さん、のんだくれてる場合じゃないっすよ」
「バカヤロー、おれは消防隊員かよ」
「オウムの仕業っすよ」
「そうかね」
「そうだよ。あんた」
運転手、興奮してるのはいいが道が分からず、癇癪館にいつまでもたどり着かず、田無辺りを迷走する。怒り、メーターを下ろさせる。どうやら私が新青梅街道を青梅街道と言ったためらしい。知るか!メーター下ろせ、メーター!
やっと着いたが、何時なのかわからない。とにかく寝る。
■九月某日

No.098

 歌舞伎町で爆発事故。死者四十四人。ニュースで知る。
二十代の時に書き、岸田賞をもらった『新宿八犬伝』の世界そのままである。二日酔いのままスタジオに行く道すがら、新聞を読み続ける。背中を押されている気がする。『新宿八犬伝』の新作を書けという声である。
土曜。マチネ後、近所の銭湯で酒を抜く。サウナの汗を乾かしているとやはり昨夜『風花』まで付き合っていた笠木メンバーがやってくる。チンポコ比べをする。
この日、マチネ、ソワレ共に客席満杯。出来も良し。元気を取り戻しているので、「今日も飲むぞお!」と大声を出すと、野並メンバーが「やめてください」と言う。昨夜は本当に大酔いだったらしく、あまりのことに周りはまったく酔えなかったらしい。知らない。全然覚えていない。
「まあ、たまにはいいだろう」と宮島メンバーが大人ぶって言う。あんたに言われたかないよ!
『鏑屋』で生ビールを飲み、煮込みとレバ刺しを食べて帰る。
■九月某日

No.099

 千秋楽。満杯。快調。
打ち上げ。スタジオの側の居酒屋『たぬき』。
いつも通り大入り袋も最後の三本締めもなし。理由は私がそうした儀式が嫌いだから。
いつも通り一次会だけ付き合って淡々と帰る。さすがにくたびれて人と口をきく気がしない。風呂入ってすぐに寝る。淡々としたもの。これでいい。打ち上げで騒ぐのは人生の初心者だけでいい。
■九月某日

No.100

 一日休む。空気はすでに秋。
午後、ニューヨークから東京に着いたというジョン・ジェスランから電話が掛かってくる。劇はちょうど昨日終わったというと、ジョン、落胆の声を上げる。しかし後二か月滞在するというので、それなら『くぐつ草紙』は見ることができる、と告げる。
夜、『愛の貧乏脱出大作戦』を見て哀しくなる。これを見ていると劇団を通過していった不器用で才能のない俳優志望者達を思い出してしまう。

No.101〜120 バックナンバー 最新

©2002,Tfactory Inc. All Rights Reserved.